デス・オーバチュア
第124話「悪魔が来たりてギターをかき鳴らす」




初めて聞く、激しくて不可思議な騒音で目が覚めた。
「よう、目が覚めたか、女?」
知らない場所、知らない男。
タナトスは、まず自分の体を確認した。
無くなったはずの左腕がある。
体中の傷や痛みも全て無くなっており、体力も殆ど回復していた。
なぜ、回復しているのか解らないが、次にタナトスはこの場所と、この場所に自分以外に唯一存在する者である男に視線を移す。
ここは真紅の墓場でも、白一色の雪原でもなく、どこかの遺跡、迷宮のようだった。
迷宮の一室、物凄く広い部屋の真ん中に自分と男は居る。
ギャャン!といった感じの不可思議な音がタナトスの鼓膜を貫いた。
音……不可思議な騒音の発生源は見知らぬ男である。
黒髪黒瞳、メタリックな感じの服地の黒いズボンとジャケットをラフに着こなしていた。
大量に身に纏っている銀や黒のチェーンやアクセサリーが男が体を動かす度に微かな音を鳴らし、輝きを放つ。
最大の特徴は、彼が両手で持っている奇妙な楽器だった。
詩人の持つ撥弦楽器(リュート)のように見えなくもないが、形がかなり異質である。
裏表平らな三角形……いや逆V型の共鳴箱に棹をつけ六本の弦が張られていた。
男は左手の指で弦を押さえて音程を調え、右手の指先の爪で弦を弾いて演奏する。
演奏……これが演奏と呼べるものだろうか?
どこまでも激しく、喧しいだけで、タナトスには騒音にしか思えなかった。
「……なんだ、その楽器は?」
「はっ? この状況で一番の質問がそれでいいのかよ? まあいいや、答えてやるよ。ギターって言うんだよ、エレキギター、もっとも正しく呼ぶならエレクトリックギター……スチール弦の振動を電気信号に変え、アンプで増幅してスピーカーから発音するギター……解ったか、女?」
「スチー……アンプ? スピーカー?」
タナトスには訳の分からない単語ばかりであり、男の言っていることの意味は殆ど解らない。
「ああ、うぜぇ。解らないなら、電気で動く楽器だとでも思っていやがれ」
男は面倒臭そうにそう言い捨てると、一際激しくギターを掻き鳴らした。
「……で、お前は誰だ? なぜ、ここに居る……?」
「普通、そっちが先だろうが……オレはダルク・ハーケン、四枚の悪魔、天使喰いのダルク・ハーケンだ! 覚えておけ、人間のクソアマ」
「クソアマ……」
『女』と、どこか見下すように呼ばれるのも嫌だったが、さらになぜか『クソアマ』に格下げされてしまったらしい。
「で、なぜここにいるかだったな? 死ぬほど簡単な理由だ、てめぇをぶっ殺してやるためだよ!」
ダルク・ハーケンは何でもないことのように、タナトスに死の宣告を告げた。



「……なぜ、あのような者に処刑を任せるのですか、フィノーラ様?」
オーバラインは主人たる白き魔王に疑問を尋ねた。
白き魔王、魅惑の白鳥フィノーラは室内いっぱいに拡がった湖の中に浸かっている。
「ん? 私自らの手で嬲り殺せとでも言うの?」
フィノーラは風呂にでも浸かるようにゆったりとしながら、湖面に浮かぶ映像を眺めていた。
湖面にはタナトスとダルク・ハーケンの姿が映し出されている。
「そうされるつもりだったのではないのですか?」
オーバラインは湖畔にあたる室内の入り口に控えるように立っていた。
「どうしても許せないことがある……それがあの小娘の存在……でもね、私は弱い者虐めは嫌いなの……あ、その顔は信じてないわね?」
「…………いいえ」
否定までの間が、肯定の証。
「あのね、嫉妬に狂って衝動的に恋敵を惨殺……そこまで単純に愚かじゃないわよ、私は……」
「…………」
オーバラインは、今度は否定も肯定もしなかった。
「ただ邪魔だから滅する……それは馬鹿馬鹿しいまでに簡単なこと……」
フィノーラは湖面に映るタナトスの虚像に右手を叩きつけ、掻き乱す。
「まずは知りたい、まずは試したい……あの小娘の価値を、強さを……直接手をくだすのはそれからでいいのよ……」
湖面の乱れはおさまり、再び正常にタナトスとダルク・ハーケンの姿を映しだした。
「……つまり、許せるほどに強さか魅力があるのか、そこまではなくても、直接殺す価値、直接戦う価値ぐらいはあるのか……見極めたいと?」
「まあ、そんなところでいいわ……ダルク・ハーケンごときに殺されるなら仕方ない……自分がなぜ襲われたのかも、私の存在さえも……知ることなく外道の悪魔の手で果てるといい……」
「…………」
オーバラインは主人の心情、真意を分析してみる。
結局のところ、たかが人間の小娘一人を、魔王が自らの手で殺すという行為をフィノーラはしたくないのだ。
それも恋愛……嫉妬などという低俗な理由で……。
「……何よ、解っているわよ、自分でも……私の考えや行動が色々と矛盾していたり、半端だってことはね……でも、見逃すことも、気にしないこともできないのよ……あの人……ルーにあんな存在がいることが……」
フィノーラの浸かっていた湖が一瞬で全て凍結した。
「ゼノンあたりから見れば私の行動は……ううん、存在自体、さぞや滑稽でしょうね……」
「その通りだ。お前は愚か者だ、フィノーラ」
独白に答える声。
「つっ!?」
「ゼノン!?」
オーバラインが振り返るよりも速く、その存在は彼女の横をすり抜け、フィノーラの目前に瞬時に移動した。
「なっ……」
オーバラインの腰から上が地に落ちる。
オーバラインは自分の身に何が起きたのか理解できなかった。
「ああ、すまない、人形。つい横を抜ける時の癖でな……斬ってしまった」
「ついで『一胴両断』されたら堪らないわね……」
フィノーラはいつのまにか湖の氷面に立っており、いつもの衣装を身に纏っている。
「大丈夫だ、鋭利に斬ったからすぐにならくっつくはずだ」
「そういう問題?……あまり、私の下僕を虐めないでくれる、ゼノン……剣の魔王……」
「それは失礼したな、雪の魔王。しかし、お前がこんないい人形を持っているとは知らなかった……ん? そういえば、ここに来る途中、似たような人形を何体か見たような見ないような……」
「そんなことより、何しに来たのよ……私を……愚かな女を嘲笑いにでも来たの!? わざわざ魔界から!」
フィノーラからどことなく今まであった余裕のようなものがなくなっているようだった。
「感情的になるな。だいだいオレの方が先に魔界から来たのは知っているだろう? それがなぜわざわざお前を嘲笑うために後から来たことになっているんだ?」
それに対して、黒一色の制服の少女、剣の魔王ゼノンは無表情無感情に思えるほど、冷静に落ち着きはらっている。
「うっ……じゃあ何よ!? なんであなたは魔界から出てきたのよ!? 私よりも速く……」
「ああ、それはおそらくお前と同じ理由だ」
「えっ?」
「久しぶりにルーファスの顔を見たかった、それだけだ」
黒一色の制服の少女、剣の魔王ゼノンはあっさりときっぱりとそう言い切った。
「うっ……なんで、あなたはそう……あっけらかんと……素直に……」
なんて純粋、なんて単純な理由。
自分のようにドロドロとした感情をこの剣の魔王は一欠片も持っていないのだ。
彼女はルーファスに恋をしていない。
彼女は『女』ではなく『友』なのだ。
ゆえに、やきもちも嫉妬もしない、浮気や嫌われることを心配することもない。
「初めて会った時から、何億回と言っているだろう、ルーファスには何も求めるな、期待するなと」
「…………」
「ルーファスは誰のことも何とも思っていない。それはお気に入りと言われた煌(ファン)やお前の母親であるネージュですら例外ではない。ルーファスには愛とか恋とかいう感情は存在しないんだ。存在しないものを求めるな、フィノーラ」
ゼノンは無表情で淡々と諭すように言った。
「……それくらい知っているわよ……どれだけルーと一緒に過ごしたと思うの……ルーのことならなんだって知っ……」
「いいや、お前は知らない……それとも、認めようとしていないだけか」
「ぐっ……」
「オッドアイも同じく愚か者だが、あれは愚かな子供、お前のように愚かな女でないだけマシだ」
「…………」
「ルーファスに親としての愛情を期待するな……まして、女として愛されたいと望むなど……愚の骨頂だ」
「……愚の骨頂……」
「お前の母親ネージュはそのことを誰よりも良く理解していた……だからこそ、ルーファスに気に入られたのだ」
「……解らない……何よ、それ……」
「本気で解らないのか? ならはっきりと言ってやろう。お前の激しすぎる愛情は、ルーファスにとって……『うざい』だけだ」
「なっ!?……うざい!?……私が……うざい……?」
「そうだ、あの男は一度だって誰かに愛されたいなどと望んだことはない。愛されることに喜びなど感じない、寧ろ感じるのは……干渉されることへの不快感だけだろうな」
「…………」
フィノーラは絶句し、顔から表情が消えていく。
ゼノンの言葉を否定することができない、思い当たることがありすぎる、説得力がありすぎたのだ。
「……フィノーラ、お前も本当は解っているはずだ。ルーファスはお前のことを……」
「いやあああああっ!」
フィノーラの叫びと同時に無数の雪玉が散弾のようにゼノンに撃ち込まれる。
ゼノンは鞘からの剣の抜刀……一太刀の剣風だけで全ての雪玉を掻き消した。
「解っている……解っているのよ……でも、それを認めるわけには……いかないの……だって……」
「…………」
ゼノンはゆっくりと剣を鞘へとしまう。
「……まったく、女というのは本当に愚かで……業の深い生き物だ」
ゼノンは呆れたようにも、諦めたようにも見える溜息を吐いた。



「ん〜、まあいいや、お姉ちゃんが帰ってくるまで暇だから……遊ぼうよ〜♪」
ファーシュが空から降ってきた。
そして、イヴニングドレス(夜会服)を来た十一歳ぐらいの少女……皇鱗が姿を現す。
皇鱗は現れるなり、無差別に襲いかかってきた。
「水障壁(アクアウォール)!…… えっ、嘘!? きゃあああああああぁぁぁっ!」
アズラインの生み出した逆流する滝のような水の壁を、薄紙の壁のようにあっさりと突き破ると、アズラインを両手で掴み、優雅に回転しながら遙か彼方に投げ捨てる。
「ちっ」
三本の光輝の矢が、アズラインを放り投げた直後の一瞬硬直した皇鱗に襲いかかった。
皇鱗は避けようとも防ごうともせず、無防備に光輝の矢を正面から浴びる。
直撃した光輝の矢達が爆発するように弾けた。
「んっ、これは体にも世界にも良くない光ね」
皇鱗は無傷で、僅かな痛みすら感じていないかのように平然と立っている。
「あはは……それで無傷はあんまりじゃないですか?」
アンベルは矢継ぎ早に光輝の矢を射続けた。
皇鱗は微動だにせず、全ての光輝の矢を全身で受け入れる。
しかし、光輝の矢は何十本直撃しようと、皇鱗にかすり傷一つつけることができなかった。
皇鱗は正面から降り注ぐ豪雨のような光輝の矢を無防備に浴び続けながら、ゆっくりとアンベルの方に歩み寄っていく。
「ちぃっ……」
アンベルは速射による連射をやめると、一本の光輝の矢を引き絞った。
光輝の矢が物凄い速さでその輝きと大きさ……破壊力を際限なく増していく。
「うわ、凄いね〜、アッと言う間に街一つ消し飛ばす威力に……」
「ハイドロプレッシャー(水重圧砲)!」
青い閃光……大量の水が高出力で皇鱗を背後から襲いかかった。
「おっと」
皇鱗は青い輝きを宿らせた右手を振り返り様に、襲い来る水流にぶつける。
水の大爆発が皇鱗の姿を呑み込んだ。
「ナイスですよ、アズラインちゃん、誉めてあげます」
アンベルは、『必殺』の域にまで高まった光輝の矢を解き放つ。
「終末の滅光(ラグナレク)!」
普段の光輝の矢の数十培の輝きと威力を圧縮した最強の光輝の矢が、皇鱗を呑み込んだ大量の水ごと、破滅の閃光の中に全てを消し飛ばした。



「見事なまでに全身の骨が粉々……でも創傷の類は一切ない……金ピカの鎧に感謝するのね」
メディアは黄金の鎧の破片を手で弄びながらそう診断を告げた。
彼女の足下にはガイ・リフレインが倒れている。
ガイは、体の内面は粉々だが、外傷は一つもなかった。
黄金の鎧はサウザンドの剣の刃を全てガイの皮膚に触れる直前で止めていたのである。
にも関わらず、サウザンドの剣が巻き起こすあらゆる『衝撃』はガイの骨などを全て粉微塵にしていた。
「まあ、この状態で生きているあなたには別にいまさら驚かないけど……こっちの鎧には驚いたわね、実に興味深いわ……精神感応重圧変化金属(スピリットインフルエンスヘビープレッシャートランスフォーメーションメタル)、魔法銀(マジックシルバー)、神銀鋼(ゴッドシルバースチール)……三種の希少金属の長所だけを抽出した超合金……まあ、それをちょっと魔力が宿ったぐらいの聖剣魔剣で切り刻む化け物も化け物だけど……あなたは、どう思う?」
「名のある聖剣魔剣には神話や伝説になるだけの込められた魔力が、長き時を越えてきた年季のような呪力があります……それがたかが鋼や鉄に過ぎぬ剣に超越の力を与えるのです」
メディアの問いかけに答える者がいる。
いつのまにか、メディアの背後に一人の人物が立っていた。
「ですが、彼が持っていた名剣は、神が遣わした聖剣、あるいは妖精が鍛えし魔剣と言った割とポピュラーな伝説の剣です。黄金の鎧に比べれば硬度も込められた魔力も遙かに劣る……それにも関わらずこの見事なまでの鎧の破壊……剣の力ではなく使い手の実力によるものですね」
大地に散らばっていた黄金の鎧の破片達が独りでに浮かび上がり、翠色の外衣(マント)の人物の周りに集まっていく。
「それどうするの?」
メディアが手に持っていた破片を離すと、その破片も翠色の人物に周りに吸い寄せられていった。
「制作者の元に持って帰ります。恐らくここまで破壊尽くされた以上、直せるのは制作者であるあの錬金術師だけでしょうから……」
「ああ、やっぱりこれ神々の武具とか伝説の魔法具とかじゃなくて、今の時代に作られた物だったのね? どうりで『年季』がないと思った」
メディアは翠色の人物と向き直ると、改めて値踏みするように見る。
男なのか女なのか解らない中性的な顔立ちをしていて、全身は外衣に包まれていて体つきすら解らない、最大の特徴はやはりその鮮烈な色合いだ。
外衣と髪はエメラルド(翠玉)のような光り輝く見事な翠色をしている。
「制作されて十年前後といったところでしょうか……とにかくこれはこちらで回収させてもらいます。彼が目覚めたら、鎧を返して欲しかったらガルディアに来い……と、エルスリードが言っていたとお伝えください」
「エルスリード? それがあなたの名……て、もう居ないし……」
翠色の人物は、メディアの瞬きの間に消え去っていた。



「うん、悪くはないよ。でも、核爆弾一個分程度の威力じゃ、『終末』を名乗るにはちょっと役不足かな?」
広大なクレーターの中心に皇鱗は何事もなかったかのように佇んでいる。
「あはは、参りましたね……今のわたしで撃てる最大級の威力だったんですけどね〜」
アンベルは遙か上空から、その様子を見下ろしていた。
「あら、うるさいと思えば……雪原が焼け野原に変わっているわね」
いきなり何もない空間から制服の上に白衣をまとった少女が姿を現す。
「核戦争でも起きたの? 原爆なんて西方でもまだ開発段階だったはずなのに」
白衣の少女メディアは上空を見上げた。
空に浮かぶ機影は二つ。
一つはアンベルで、もう一つはアズラインの首根っこを片手で掴んでいる日傘を差した幼い少女スカーレットだった。
どういう心境の変化、きまぐれからか、スカーレットは先程まで殺し合っていた人間で言えば双子の姉妹にあたる姉妹機を救っている。
もし、スカーレットが拾って上空に逃れてくれなかったら、アズラインは消し飛ばないまでも、核爆の余波でかなりのダメージを受けていたはずだった。
「ふむ、目紛しく変わる世の中よね」
メディアはクレーターの中心の皇鱗に視線を移す。
「あんな面白そうな生物も出てくるし……解剖してみたいわね」
「うきゃあ〜!」
メディアが歩き出そうとした瞬間、空からアズラインが降ってきた。
「スカーレット?」
「い、痛たあぁ……酷いよ、スカーレット! ボクに何の恨みが……」
「恨みも何も、戦っていたはずでしょう、あなた達?」
「うっ……確かにそれはそうだけどさ……そもそも何でいきなり襲って……」
「邪魔なの」
「うりゅっ!?」
日傘を差した深紅の髪の幼い少女スカーレットはアズラインを踏み潰すようにして、メディアの前に降り立つ。
「で、どうしたの、スカーレット? まさか、あなたが戦うなんて言わないわよね?」
「……戦うの」
「本気?」
「本気なの。闘う時が来たの、真の敵と出会う前に……だって、アレを破壊できるのはこの場では私だけなの」
スカーレットは、日傘をパラシュートにでもするようにして、クレーターの中へとふわふわと降下していった。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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